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福岡高等裁判所 昭和56年(行コ)10号 判決

控訴人

長谷川喜博

右訴訟代理人

高森浩

被控訴人

麻生元嗣

右訴訟代理人

真鍋秀海

主文

原判決を取り消す。

本件を福岡地方裁判所に差し戻す。

事実《省略》

理由

一控訴人が、昭和五五年二月四日付をもつて、福岡県監査委員に対し、法二四二条に基づく住民監査請求を行い、東福岡財務事務所間税課職員に時間外手当等が違法に支給されていることを指摘して、過去の違法支給分を福岡県に返却するよう要求しあわせて将来の是正措置を強く要請したこと、右請求を受けた同監査委員が、同年四月四日付をもつて、知事に対し、「昭和五五年二月四日付で、福岡市中央区福浜二丁目二番四の四〇三無職長谷川喜博から地方自治法(以下「法」という。)第二四二条第一項の規定により提出された住民監査請求に基づいて、福岡県東福岡財務事務所間税課における昭和五四年一〇月分及び同年一一月分の時間外勤務手当並びに旅費の支給につき、福岡県東福岡財務事務所及び総務部関係各課の監査を実施した結果、そのいずれの経費についても従来から潜在的な実績を含め間税課の運用により支給されていることを認めた。しかし、今後は法令等に基づく手続により支給するよう措置を講じられたく、法第二四二条第三項の規定により勧告します。」との本件勧告等を行つたこと、右勧告を受けた知事が、昭和五五年四月三〇日、同監査委員に対し、東福岡財務事務所間税課における時間外手当等の支給につき同年二月分から法令等に基づく手続により支給するよう措置(以下「本件措置」という。)を講じた旨を通知したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、さらに、〈証拠〉によれば、同監査委員は、法二四二条七項の規定にしたがい、同年五月一〇日知事からなされた右通知にかかる本件措置事項を控訴人に通知したことが認められ、これに反する証拠はない。そして、控訴人が、同監査委員から右通知を受けた日から三〇日以内である同年六月五日に本訴を提起したことは、記録上明らかである。

二ところで、本訴は、控訴人が、本件監査請求の結果、普通地方公共団体である福岡県の職員であつた被控訴人に対し、同県に代位して提起した損害賠償の請求であるところ、被控訴人は本件措置において知事は監査委員の勧告どおりかあるいはそれを上廻る措置を講じているのにかかわらず、本訴は、それ以上の措置を求めるものであるから、知事の措置に不服がある場合の訴訟提起としての要件を欠き不適法であると主張する。

(一)  そこでまず、法が規定する住民監査請求及び訴訟制度について概観するに、法二四二条・二四二条の二の各規定に徴すれば、地方公共団体(地方自治体)の財務会計に関する違法な状態の発生を防止し、またはこれを是正するため、住民からの監査請求が認められ、右請求がなされた場合、監査委員は、監査を実施し、請求に理由があると認めるときは、執行機関等に対し必要な措置を講ずべきことを勧告し、右勧告を受けた執行機関等は、当該勧告に示された期間内に必要な措置を講ずべきものとされ、右請求人は、監査委員の監査結果または勧告に不服がある場合は当該監査の結果または勧告の内容の通知があつた日から三〇日以内に、監査委員の勧告を受けた執行機関等の措置に不服がある場合は当該措置について監査委員の通知があつた日から三〇日以内に、また、監査請求をした日から六〇日を経過しても監査委員が監査または勧告を行わない場合は当該六〇日を経過した日から三〇日以内に、監査委員の勧告を受けた執行機関等が必要な措置を講じない場合は当該勧告に示された期間を経過した日から三〇日以内に、普通地方公共団体に代位して行う損害賠償の請求その他の住民訴訟を提起することが許されている。右のとおり、監査委員の監査の結果または勧告に不服があるときの訴訟(一号請求訴訟)提起と、勧告を受けた執行機関等の措置に不服があるときの訴訟(二号請求訴訟)提起とが段階的に定められ、しかも、各別にその出訴期間が法定されているのであるから、監査委員の勧告がなされた場合において、当該勧告を受けた執行機関等が講じた措置が勧告内容と全く同一であつたときには、たとえ、執行機関等が講じた措置に対する不服として住民訴訟を提起しても、それは監査委員の勧告に対する不服にほかならないから、既に、当該勧告に不服がある場合の訴訟提起としての出訴期間を徒過している場合には不適法な訴えとなることはいうまでもない。

(二)  しかしながら、さきに見たように、住民監査請求手続は、(1)住民の監査請求、(2)監査委員による監査の実施と監査結果に基づく勧告、(3)勧告に基づく執行機関等の措置と、段階的に処理されるものではあるが、前記のような住民監査制度の目的及び性質に照らすと、監査請求に基づいて監査委員が行う勧告は、それ自体地方自治体内部における非強制的、任意的な手段であつて、監査請求の当否を判定して執行機関等の措置義務の内容を確定する手続ではないことが明らかである。したがつて、住民が行う監査請求は、執行機関に対し特定の措置を講ずべきことを求める特定の内容を有する請求であることを要せず、また、監査委員の勧告も住民が行う監査請求と厳密に対応する必要はなく、監査委員は監査請求の範囲に拘束されることなく、監査理由として主張される事由以外の点も審査して勧告をすることもできるのみならず、また執行機関等は、監査委員の勧告を受けた場合においても、自己の責任と判断に基づいて必要な措置を講ずれば足り、かならずしも監査委員の勧告の内容に拘束されるものではないと解せられる。そうだとすれば、監査委員が法二四二条三項に基づいて行う勧告とは、執行機関等に対して特定の措置を講ずべきことを勧告するものに限られる旨限定的に解するのは、住民監査請求制度の目的及び性質に照らして相当ではなく、地方自治体の財務会計に関する違法な状態を指摘するにとどめ、その是正措置の選択を執行機関等に委ねる形式の勧告もまた法二四二条三項にいわゆる勧告に含まれると解するのが相当である。

(三)  以上に鑑み、本件勧告等が、被控訴人の主張するように、知事に対し将来の是正措置を講ずべきことを勧告したにとどまるものか否かについて検討する。

控訴人が東福岡財務事務所間税課職員に対する時間外手当等の支給につき違法な支給がなされていることを指摘し、過去の違法支給分の県への返却と将来の是正措置とを要求して、本件監査請求を行つたものであることは前叙のとおりであり、さらに、〈証拠〉をあわせると、右監査請求を受けた福岡県監査委員は、請求人である控訴人が提出した証拠資料及び控訴人の陳述に基づき、東福岡財務事務所間税課職員二二名に支給された昭和五四年一〇月分及び同年一一月分の時間外手当等を対象とし、同財務事務所及び福岡県総務部関係各課を監査対象機関とし、前記各職員らの出勤簿・休暇等届・承認簿及び法令等によつて定められた諸帳簿並びにこれら以外に間税課で作成された時間外勤務命令伺簿・時間外手当明細表・旅行伺復命及び旅費割当表等諸帳簿のすべてについて調査し、かつ、各機関の責任者等からの詳細な事情聴取を重ね、その実態を精査した結果、知事に対し、昭和五五年四月四日、前記のとおりの本件勧告等を行い、あわせて請求人である控訴人に対して、同日、その通知をしたものであるが、右通知書には、法二四二条三項による勧告を別添写しのとおりした旨の記載があるところ、別添写しには、前記のとおりの本件勧告等の全文がそのまま記載されていることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の本件監査請求の対象、監査の経緯及び結果、監査結果に基づく本件勧告等の内容並びに控訴人に対する通知の形式などを勘案して本件勧告等の趣意とするところを読みとれば、第一に、東福岡財務事務所間税課における昭和五四年一〇月分及び同年一一月分の時間外手当等の支給については、これが法令等に基づかない手続によつてなされている事実を指摘するにとどめ、これに関してとるべき措置の選択を知事に委ね、第二に、今後の時間外手当等の支給については、法令等に基づく手続によつてなされるよう措置を講ずるよう勧告したものと認めるのが相当であつて、法二四二条三項の勧告に当るのは右の第二の点のみに限られる旨の主張は採用しない。

(四)  のみならず、前認定のように、本件勧告等が、東福岡財務事務所間税課における昭和五四年一〇月分及び同年一一月分の時間外手当等の支給が法令等に基づかない手段によつてなされたことを認め、監査請求人である控訴人の主張をほぼ全面的に認めているのであるから、これにより、控訴人が同月分の時間外手当等の支給についても知事から適切な措置がなされるものと期待したとしても、それはあながち無理からぬことである。したがつて、知事が、本件措置においてこれに全く触れなかつたのは、実質上、本件勧告等を下廻るものであり、これを目して勧告どおりないし勧告を上廻るものであるとは到底認め難い。そうだとすれば、仮に本件勧告等のうち前記第一の点が法二四二条三項の勧告に含まれないとしても、本訴はなお実質的に見て執行機関等の措置に不服がある場合の住民訴訟(二号請求訴訟)とみるのが相当である。

三以上のとおりであるから、本訴は、本件勧告等に基づいて福岡県知事が講じた措置に不服がある場合として、東福岡財務事務所間税課職員二二名に対し支給された昭和五四年一〇月分の時間外手当等に関し、同県に代位して同県職員であつた被控訴人に対し損害賠償を請求するものであり、したがつて、法定の出訴期間内に提起されたものというべきであるのみならず、訴えの利益にも欠けるところはないというべきである。したがつてこれらに関する被控訴人の主張はいずれも理由がない。

四そうすると、法定の出訴期間経過後に提起されたものであることを理由に、訴えを不適法として却下した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民訴法三八八条に従い、原判決を取り消し、本件を第一審裁判所である福岡地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(松村利智 金澤英一 早舩嘉一)

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